昭和時代、女子小学生が科学クラブに入ると事件だった

「なぜだろうなぜかしら」の愛読者で、漫画の偉人伝でキュリー夫人やエジソンを熱心に読んでいた、小学生時代の私。

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大人になったら、キュリー夫人みたいな偉い人になっていろいろ発明します。エジソンみたいに一生でたくさんの物を発明するような人にもなりたいです。

と日記に書いていた女子小学生でした。

小学4年生から放課後のクラブ活動に参加できることに

親友の井手さんと「合奏クラブ」に入ろうと約束しました。
ピアノが大好きで合奏クラブもよかったのですが、キュリー夫人みたいな、エジソンみたいなことができる科学クラブも捨てがたい。

しかし、時は昭和。科学クラブは男子が入るところでした。

でも、キュリー夫人したいなあ。

クラブを決める日が来ました

その日、井手さんはお休みしました。

そして私は井手さんとの約束を破り、科学クラブに入りたいと挙手しました。

担任の先生は「ほんまか?ほんまに入るんか??」と笑いました。

笑われても、「まあ笑うよな。でもフラスコとかビーカーとか触りたいし。」くらいにしか思いませんでした。

家に帰って、母に告げてもびっくりされました。

それくらい、女子が科学クラブに入るなんてありえない、変なことでした。昭和50年代。

クラブ活動に行くと、6年生のお兄さんに「女なのに?」と困惑気味に笑われました。
まあ、面倒見のよい男子で、迎え入れるとなったら良くしてくれました。

科学クラブでやったことで覚えているのは3つ

1.竹を火であぶりながら半円形に曲げ、電気のこぎりの部品を作った
できたのこぎりは、めちゃくちゃ熱くなって、発泡スチロールをあっという間に溶かして切断する威力があった。

2.メダカをビーカーの中で泳がせ、ビーカーに先生のバイクの排気ガスを送り込み、メダカが天国に行くのを見届ける。

3.メダカをビーカーの中で泳がせ、ビーカーに学年主任の先生からもらったタバコの葉を入れて、メダカが天国に行くのを見届ける。

昭和時代だなあ。

火と熱の威力を思い知りました。
排気ガスやタバコがいかに有害か目の当りにしました。

5年生からは世間?に合わせて合奏クラブに入る

5年生になって、科学クラブはあきらめて合奏クラブに入りました。

中学生になって、キュリー夫人もエジソンも忘れました。
学校の理科、ぜんぜん面白くないんだもん。

今NHKのサイエンスゼロとか見ると面白い!と思えます。
でも学校の理科は今思い出してもつまらない。

そんな時代でもゴリゴリのリケジョはいた!

そんな時代にも生きていた、今で言う「リケジョ」を、二人ご紹介します。

一人目:高校時代の同級生 山崎さん

彼女が中学時代から通ってた塾の先生が、京大の理学部の学生だったのです。
山崎さんはその先生が好きだったのですよ。
だから、めっちゃがんばってました。

国立大学の理学部に入学しました。
ああ、愛の力。

二人目:職場で出会った京大理学部卒の女性

会った当時、50手前で
高校生のお子さんがおられましたが
めっちゃ若々しく女学生のようでした。

どういう生育環境で、京大理学部に入ろうと思うような人に育ったのだろうと不思議に思い、本人に聞いてみました。

小さいころは絵が大好きで、ひたすら絵ばかりかいていた。

テレビでアポロの月面着陸を見て感動し、宇宙飛行士になろうと思った。

宇宙のことをいっぱい知っていれば宇宙飛行士に採用されるだろうと考えた→

いっぱい勉強して→京大理学部入学

と、ものすごく楽しそうに話してくれました。

ちなみに、彼女のお兄さんは爬虫類大好き少年だったそうで、おっさんになった今も世界中で爬虫類を追い回す生活をしているそうです。

ああ、情熱

キュリー夫人になりたかった、エジソンになりたかった、科学クラブ入部で笑われても、全然平気だった私の情熱はどこへいったんでしょう?

息子をだしにして、理科の実験教室のようなところに通うことを企む、今日この頃です。