困った子だって人の役に立つと嬉しい おいも掘りの思い出

私自身の幼稚園時代の「おいも掘り」で起こった出来事から
表題の「困った子だって人の役に立つと嬉しい」を証明?してみたいと思います。
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何をやってもダメ いつも困っていた子でした

思い起こせば、辛かった・イヤだった・困っていたetc…ロクな思い出のない
私の幼稚園時代。
3月下旬の早生まれな上に、一人っ子、初孫or久しぶりの孫誕生で
これ以上ないくらいヌクヌクと育った娘でした。

幼稚園デビュー。
皆と遊べない。皆の動きがしゃべりが早すぎて、立ち尽くすのみ。相手にされない。
工作も皆と同じようにできません。何がどうなってんのかどうしていいのか全然わからん。

先生も、「トロイちょっと困った子だな。」くらいの認識だったと思います。
「先生!困ってるのは私だよーーーー。」

私はダメなんだ すっかり刷り込まれる

イジケまくりの日々でした。
多分、褒められていたこともあったかもしれません。

でも覚えているのは
工作を先生に見せれば「ココがダメ。」「あそこがダメ。」「もっとこうしたら?」

皆と遊べなくてひとりハンカチで遊んでいたら
「皆と遊ばないとダメ。」「遊んでって言わないと。」
言っても誰も聞いてくれない、混ぜてくれないからひとりで遊んでるんだよー。

私がダメだからだね。

おいも掘りの日に

おいも掘りの日。イモ畑のうねに沿って皆が並ばされました。
そして先生が、「××ちゃんはココ。」と掘る場所を指定します。

指定されたところに目をやって私は何を思ったでしょうか。
「どーせ、何も出てこなくて、先生を困らせる。」でした。

そしてそのとおり、掘っても掘っても何も出てきません。
「やっぱりね・・・。」
もう諦めの境地。

ところが!

赤いものが見えてきました。
「ヤッタ。」でもどーせすごくちっちゃいに決まってる
いじけつつ掘り進めます。

掘っても掘っても終わりません。
夢中で掘り進めて出てきたのは、子どもの頭くらいの巨大おいも

「分けてあげてね。」と言われた!(^v^)

巨大おいもを掘り当てて、夢のようなひとときでした。
そのほかに、ヒョロリとしたイモ2つほど。

私が手にしているイモ達を見て先生が言いました。
「○○ちゃんは、すごく大きなおいもを持っているから、(小さいイモしかない子に)
ちょっと分けてあげてね。」

「うおー。」
「人に分けてあげるとか、なんかそういう立場、初めてだ!ウレシー。」
子どもながらに、そんなふうに感じたことを鮮明に覚えています。
得意満面、鼻パンパン。心の中では。

先生には、「うん。」と小さくうなずく、いつもの困った子の姿しか
見えていなかったと思います。
「大きいイモ持ってるからね、わけてあげてね。」と繰り返し言われましたから。

ボーッとイジケた困った子だって、人の役に立ちたいと思っているんですよ。

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