お金に関する、おばあちゃんのプチ家訓

1991年3月、バブル崩壊の直前に亡くなった、私の祖母。

生きていれば、100歳手前。

昭和40年代から株式投資をしていました。
新聞はいつも株式欄から。

数字ばっかり並んだページを静かにじぃーーーっと見つめている姿を「いつも何みてるのかな?」と不思議に思っていた、子どもの私でした。

何をどう考えていたんでしょうね?
知りたいなあ。生きていてくれれば。

ちなみに、バブル期から参戦した祖父や、祖母の株式口座を受継ぎ20年かけて完全に溶かした私の母は、日経平均に(保有銘柄の株価ではない。テキトーすぎる!)一喜一憂、騒ぎまくっていました。

と書くと、とても堅実な印象の祖母。

60過ぎてからは、祖父と連れ立って行くパチンコが趣味。

二人でお店に行くと
「おじいちゃん、おばあちゃん、ここの台がよう出るから。」と案内してくれたらしいです。

敬老精神?昭和時代は、いろいろとのんびりしていましたね。

そんな祖母が、よく口にしていたお金にまつわるプチ家訓をご紹介します。

その1お金が有るように見えてもあかんし、無いように見えてもあかん

「見える」という単語から、他人からどう見られるべきか?という風に取られる言葉です。

しかし、これを突き詰めると、自分自身がどう感じるべきか、ということのような気が。

「めっちゃお金ある、わーい、わーい。」と浮かれていても、「ぜんぜんお金ない、キー。」と沈んでいてもダメ。

お金に過度にとらわれたり、お金にがっつり寄り掛かったりする暮らしをするなということかなと思います。

具体的にどうすればいいのでしょうか?

身の丈に見合った生活・付き合いをする

これに尽きますね。

「お金がない!キー。」とか
「お金使うのに忙しい!ワー。」とか
疲れてきたら、イエローカードかなと。

その2夏しか点けないんだからどんどん点けなさい

エアコンの話です。
冬も同じことを言っていました。

「豪快なこと言ってたなあ。」くらいに思っていたのですが、つい最近ふとひらめきました。

みっともないのはダメ。お金は品位を保つために使う

「暑いだの寒いだのギャーギャー騒ぐのは、みっともない。」

「そんなみっともなに振る舞いをするぐらいなら、さっさとエアコン点けて黙りなさい。」

「エアコンのある部屋を持つお金はあるのに、電気代をケチって品のない姿を晒すなんて、道理に合わない。」

これだとしっくりくるなあと思う私です。

番外「お金は捨ててこないから」

これは、祖母ではなく祖父の言葉。

子どもである私の母や叔母たちが外出するたびに、「お金あるんか?」と、ごはん代くらいのお金を渡していたらしい、私の祖父。

それなりの金額になるわけで、当然祖母が「止めて。」と言います。

それに対する祖父の返事が
「なんぼ持ってても、お金は捨ててこないねんから、渡しといたらええ。」

まあ、そうなんだけど。

そして私も実家に居たときは、出かける間際によく言われていました。
「お金、あるんか?」と母の言葉。

渡されたお金は、毎度ペロッと使っていました。

息子に同じことをできる甲斐性が欲しいなと思う私です。

スポンサーリンク