観察結果:努力は才能、頑張るものではない気がした

「頑張って忍耐し、努力する」

3点セットが当然のような「努力」
実は、頑張りとも忍耐とも関係ないもっと簡単なものじゃないかと思い始めた今日このごろ。

私の夫は、身内の私が言うのもなんですが、大変な努力家です。
努力が報われない状況でも落ち込まない胆力もあります。

「すごい頑張り屋さんだなあ。」と思いつつ、一緒に過ごすこと数年。

私が思うほど頑張っても忍耐してもいないことに気づきました。

努力:ただやるという才能

夫は、「毎日やる」と決めたことを毎日やります。

ただやるだけ。
それだけ。

ただ毎日、朝が来て晩になるくらいの当たり前すぎる規則正しさで、やると決めたことをやっています。

すんごい頑張り屋さんだな~と思ってたんです。

なのに忍耐とは無縁な感じがへんだなあとも思っていました。

努力は才能!頑張りはない、あるのは習慣・惰性

毎日コツコツ「努力」している夫。

頑張ってやる!とか
ガマンしてやる!とか
続けるんだ!といった

よけいな感情はかなり薄い様子。

この感情のなさって、才能だなって思うんです。
「努力」するにあたって、最高の利点になる才能。

「頑張ろう!」とか「続けよう!」というポジティブな感情が出るのと同じかそれ以上に、「怠けたい~」「止めたい~」というマイナスな気分が出てくるのが、普通の人間。

そんなマイナス気分を忍耐の精神で追い払うのに、すごいパワーが使われてしまうわけです。

その点。

よけいな感情のない人は、「頑張ろう!」って張り切ることもなければ「怠けたい~」って堕落することも少ないようです。

己の感情や欲、邪念に打ち勝つという意味の「克己(こっき)」というカッコいい言葉がありますが、生まれつき感情があんまり湧かない人もいるんじゃね?って思えてきました。

つまり、努力は才能。
頑張らない、そして怠けることもない。
よけいな感情なしに、淡々と習慣・惰性でものごとを続けられる人がいるのです。

「よけいな感情がない」以外にもうひとつ、努力するにあたって大変有利な才能があります。

結果を気にしない 一喜一憂する人は続かないよね

私の夫には色々と「努力」している項目があります。

「努力の量のわりに結果が伴わなすぎじゃない?コスパ悪すぎ!」という項目もあります。

「そんな割の合わない努力するのはこの地球上にYouだけだよ!」と叫びたくなります。

努力の結果、努力の報われ度合はあまり気にならないみたいです。
普通の人が10気になるところを1くらいしか気にならない様子。

ただひたすらやるだけで、頑張ってないですからね。
そんなもんかも知れません。

昨日は歓喜し今日は落ち込みまくっている起伏のはげいしい人の話を夫にしたところ。

「一喜一憂する人は続かないよね~(何で一喜一憂すんの???)。」と言いました。

そして私は思いました。
鈍感力があれば、人の何倍も楽に努力できる。

努力は才能

けれど。
5歳の息子に「努力は才能」とか言えない。

息子には:センスあるわ!

未知の可能性と未来への希望に溢れる5歳の男児に向かって、「努力は才能だから」とは言えません。

「努力って頑張るとは違うのよ」というのも教育上よろしくなさそう。

「今できなくても、頑張ればできるようになるから」と言うかわりに「センスあるわ!続けたらできるようになるって。」と言うことにしました。