阿闍梨餅の思ひ出

いつの間にか定番の京都みやげとして、生八つ橋と並ぶ知名度を手に入れた阿闍梨餅。

京都駅にある伊勢丹の和菓子売り場では、阿闍梨餅を買う人々が、いつも列をなしている。
まわりに、京の老舗の和菓子屋がわんさとあるのに。

もっとも、人気がありすぎるのか商品がなさすぎるのか、たぶんその両方と思われるのだが、昼過ぎにはすっかり売り切れ、ガラガラのショーケースの前で店員が手持ちぶさたにしているというお店もある。

やる気、ない?
おそらく「店出してやってる。」くらいのものであろう。
もちろん、そんなお店には行列などできない。

話を阿闍梨餅の行列に戻す。

他の和菓子には目もくれず、阿闍梨餅の行列に加わる人々の気持はよくわかる。

考えるのしんどい。
迷うのしんどい。
ウロウロするのしんどい。
しんどい目しても、先様が喜ぶかどうか?

その点、阿闍梨餅は名声高く、なんといってもおいしいのである。
ならば、阿闍梨餅でいいじゃないか。

三ヶ月に1回の頻度で東京から関西へ来ていた知人のみやげ。
それは毎度、新幹線の京都駅構内で買う阿闍梨餅であった。
東京にもおいしいものが山のようにあるはずだ。
それでもその人は、常に京都駅構内で買う阿闍梨餅を携えていた。

そう、新幹線の京都駅構内でも阿闍梨餅が買えるのである。しかも並ぶ必要はまったくない。

キヨスク並みに、通りすがりに、ついでに、あっと言う間に買えるのだ。

朝の新幹線京都駅構内。

阿闍梨餅専用のスタンドと共に、餅を並べるおばちゃんが現れる。
スタンドはおばちゃんの身体の幅と同じである。

餅を並べようかとする前に、これから東京へ向かうであろうビジネスマンが突進してくる。

「7個!ちょうだい!」

対して、おばちゃんのキオスク対応。
白い紙袋に、頼まれた数の阿闍梨餅をサッと入れ、金銭授受も電光石火の速さである。

そう、阿闍梨餅は伊勢丹の包装紙に包まれるような、うやうやしいものではなく、アンパンでも入れるような、白い紙にポンポンと放り込まれる、ただのおいしい餡入りの餅なのである。
伊勢丹で並んでまでわけてもらうような餅ではない。

ついでに、新幹線構内以外にも、阿闍梨餅を売っているところが、駅ビル内にいくつかある。

繰り返すが、伊勢丹で並んでまで買う必要はないのである。

さらに言うと、阿闍梨餅のおばちゃんはもういない。
5個入りの小ぎれいな箱に変わってしまった。

大変効率的。
こんな簡単なこと、なんでもっと早く気付かなかったんだろうか。滑稽でさえある。
キオスク対応のおばちゃんが辞めてしまって編み出された、苦肉の策なのかもしれない。

そして箱になってしまってからというもの、阿闍梨餅は長らくご無沙汰であった。

夫の東京出張が1か月後にある。
東京出張みやげの阿闍梨餅が、今から楽しみである。

できれば6個欲しいのだけど、5個で我慢しようと思う。
京都駅に着く夕刻には売り切れていることもある。
その時はあきらめよう。

阿闍梨餅のおばちゃんはもういない。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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